猫を起こさないように
日: <span>1999年3月5日</span>
日: 1999年3月5日

世界の中心で愛を叫んだけもの

  「え、何。募金。ああ、募金ね。(歩道の柵に腰掛けると煙草を取り出し悠然と火をつける)ええと、何だっけか。ああ、そう、募金。名目は何なの。いろいろあるでしょう。え、地球環境の保全。へぇぇ、そんなのまであるんだ、最近は。俺ァ年くってるから募金っていうと赤十字しか思い浮かばなくてよ…(いきなり募金集めの婦女子の頭をひっつかむと近くの電信柱に激しく叩きつける)白痴が! そんなことで本当に地球が救えると思ってやってんのか、アァ? ほら、立てよ。立て。その自己満足で歪んだ顔に血の化粧をしてやるぜ。そうでもしねえとよっぽど見られたもんじゃねえからなァ? おまえらがやってんのは地球のためとか世界のためとかじゃなく、自分の薄汚いプライドのためなんだよ! こんなところでせこせこはした金集めてるより、例えばどこかの省庁に入るとか、年に何百億とか稼ぐ富豪になって匿名で億単位の寄付するとか、そっちのほうがよっぽど効率いいし正解でしょう? 君のやってるボランティアなんていうのは、そういう実利的な成功のできない、社会的弱者の存在理由を求めてのいいわけに過ぎないんですよォ? それにね、本当に地球のことを考えるなら死んだほうがいいじゃないですか。死んで、これから君の何十年あるかわからない人生において無駄に使うだろう資源や、動植物の命を救済したほうがいいじゃないですか。そのほうがよっぽど実際的に効果がありますよ。それをしないのは、おまえはおまえのほうが地球よりも大事だって思ってるからだよ! その認識無しによく今までのうのうと人生やってこられたな、アァ? (急に優しく)これからはこんな街頭に立つ時間を惜しんで勉強なさい、いいね? (いきなり振り向くと取り囲む野次馬連中の中から作業服に安全ヘルメットにマスクにサングラスに鉄パイプにプラカードの男を引きずり出し、ガンガン地面に叩きつける)ヘラヘラ笑ってんじゃねえよ! おまえもこいつの同類だろうが! 大学当局が悪いとか、社会が悪いとか、そんなの外側からいくらやっても同じことだろうが! 例えば教授になって学内での政治力をつけて経営にまで口を出せるようになるとか、東大出て日本の裏社会をのぼりつめて総理を自分の傀儡にするとか、そっちのほうがよっぽど効率いいし正解でしょう? 君のやってる学生運動なんていうのは、そういう実利的な成功のできそうにない、憎しみと怒りの対象を両親から体制にすりかえる操作の上手なモラトリアム青年の存在理由を求めてのいいわけに過ぎないんですよォ? (いきなり振り向くと取り囲む野次馬連中の中から眉をしかめながらも目はワイドショー的な興味にぎらぎらと輝いている老婆を引きずり出す)自分だけは関係ないツラで社会派気取りか、アァ? …落ちてんだよ。俺の給料から勝手に年金ぶんの金が落ちてんだよ! おまえらみたいな何の社会的・文化的生産力も無いしぼりカスみてえな連中のためになんで俺みたいな前途有望な人間が足ひっぱられなくちゃならねえんだよ! うぅっぷ、皺と皺の間にまで化粧塗り込みやがって、テメエは臭すぎる。長く生きすぎて魂まで腐敗が及んじまってるんだ。手遅れだな! (暴れる老婆を軽々と頭上にかつぎあげると、かなりの速度で行き来する車の流れめがけて放り投げる)けけけけ。見ろよ、スッ飛んでったぜ、ホームラン級の当たりじゃねえか! (ゲラゲラ笑いながら取り囲む野次馬連中に近づき、たるんだ靴下を装着した女学生の髪をひっつかみ路上に引きずり出す)何いまさら悲鳴あげてみせてんだよ! おまえは、いや、おまえらは本当はこういうのが見たくて見たくて仕方無かったんだろうが! これから何十年生きても何も生み出さないだろう君にはちょうどいいクライマックスのイベントじゃないか、えぇ? (女学生、男の腕に噛みつく)いてぇ! (激しく頬に平手を喰らわす)おまえらがそんなふうに扇情的でも劣情をそそるふうでもなく、繊細な男たちの自我を浸食するほど高圧的で無神経だから、出生率が低下するんだろうが! どんなまっとうな精神を持った人間がおまえらみたいのとまぐわりたいと思うよ、アァ? (女学生の髪をひっつかんだまま取り囲む野次馬連中に近づき、髪型は203高地、三角メガネの主婦を引きずり出す。激しくその頭を揺さぶりながら)自分だけは関係ありませんかァ、奥さァァァァァん? おまえが息子に自己不全を起こさせるような、自分自身の存在をこの世界でもっともつまらぬものとして憎んでしまうような、そんな脅迫的なやり方で塾やら私学やらにたたきこむから、彼らは母親からこんなに憎まれる、勉強という付加的価値がなければ誰からも愛情を持たれない醜い自分を再生産したくないと思いつめるんでしょォ? それで出産率が低下するんでしょォ? あんたが元凶なんだよォ? 自覚あんのォ? おまえたち二人とも情状酌量の余地無しだァ! (暴れる二人の髪をつかむとぐるぐると空中で鎖がまのようにブン回し、近くを走る線路に向かって放り投げる。ちょうど特急電車がものすごいスピードで通り過ぎる)きゃきゃっきゃっきゃっ。見ろ、見ろよ、雨だ、赤い雨だ! 胸がすくぜぇ! さてと…(取り囲む野次馬連中に向きなおるも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく)おい、待てよ。なんで逃げんだよ。逃げることないじゃねえか! ひで、ひでえよ(泣きそうな顔になる)。待ってくれよ! 俺はこんなにもおまえたちのことを愛しているのに…俺はこんなにもおまえたちのことを愛しているのに! いひ、いひィィィィ!(駆け出す。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる)」